【ミャンマー現地レポ】U-20W杯への切符獲得まで後一歩及ばず。。

公開日: : 2014U-19AFC選手権

AFC U-19選手権 準々決勝 日本対朝鮮民主主義人民共和国は、1-1で延長までもつれ込むも決着つかず、PK戦4-5で敗北。

ひとつ前のブログで書きましたが、こんな右肩上がりで勝ち進んできた前例を見たことがないので、この北朝鮮戦も必ずやこの勢いのままぶち抜いてくれると僕は信じてやみませんでした。チームの雰囲気もスタメンとベンチが一体となって非常に良い空気で戦えていたので、本当に勝たせてあげたかった。悔しくて悔しくてたまりません。

簡単に写真で試合を振り返ります。

U-19日本対北朝鮮フル代表の「ドカベン香川」横断幕を掲げているセレッソサポーターが、今回は「南野帝王」という横断幕を持参してきてました。
U-19日本対北朝鮮選手入場。
U-19日本対北朝鮮円陣。
U-19日本対北朝鮮延長に入った時に、ベンチメンバーが選手のストレッチを手伝ってあげてました。
U-19日本対北朝鮮PK戦に入る前の円陣。中谷の気迫のこもった表情が印象的でした。

PK戦は先行北朝鮮、後攻日本で始まり、全員が決めて5-4で迎えた日本5番手のキッカーは南野。後半に得たPKを決めていた南野にとって、非常にプレッシャーのかかる場面。試合をライブで見ていた誰もが感じたその嫌な予感は、一種の「空気」となってスタジアム全体を包み込んでしまったように思います。

南野が左に蹴ったボールを北朝鮮のGKがパンチングでセーブし、その瞬間、4大会連続でベスト8敗退が決定しました。

U-19日本対北朝鮮失点シーンで唯一のミスをしてしまったコンサドーレ札幌のDF内山裕貴は、試合後うずくまって号泣。2試合目までキャプテンだった清水のDF三浦弦太がずっと付きっきりで慰めてました(ツンさんから写真もらいました)。
U-19日本対北朝鮮試合後、全選手がこちらに挨拶に来た時、僕は札幌サポーターとして「お前だけのせいじゃないぞ!ひとりでしょいこむな!」とうっちーに声をかけて、みんなで内山コールを送りました。

試合後のバスの出待ち。ミックスゾーンでは先に出てきた南野と金子に記者が集まっていて、その脇をうっちーは俯きながら素通り。タイミングもあったかと思いますが(全記者が前述の2人の取材をしていた)、さすがにうっちーに声をかけてインタビューする記者はおらず。

そうやって出てきたうっちーに「お疲れ様」と声をかけて握手。泣きはらした目ははれぼったく、消え入る声で「ごめんなさい」と。「この悔しさを忘れずに札幌で頑張れ」と声をかけました。個人的にはうっちーは、失点シーン以外は全くノーミスだった。全然やれてた。ただ、ディフェンダーというのは1回のミスが許されない厳しいポジションでもある。それでも僕は、彼がひとりで敗戦の責を負うのは違うと思う。

清水の三浦弦太と、東京Vの高木大輔には「うっちーを慰めてやって」と声をかけました。

ゲームキャプテンであり、絶対的エースの南野拓実は最後の最後までミックスゾーンで取材を受けてました。彼が最後にバスに乗り込む際、「拓実!リオ五輪で頑張れ!」と声をかけたら、こちらを向いて軽く会釈をしていきました。

敗戦の日は、旅立ちの日。

世界一周中の北大生はインド経由でトルコに向かうとのこと。「南野帝王」弾幕を持ってきたセレッソサポは駐在先のインドへ。来週から仕事のOLは日本へ。勝ち上がりを信じた俺達はこれからバスで次の滞在地、ヤンゴンへ向かいます。

共に戦った戦友との別れはいつも寂しいです。でもこれが現地組が背負う宿命でもある。ファイナルまで行ける大会なんて、数えるほど。でも僕はその数少ない栄光を求めて、来年も旅を続けます。

また世界のどこかのスタジアムで会いましょう。お疲れ様でした。

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    2010年に南アW杯出場32カ国を巡ったブログ

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村上アシシ
村上アシシ

1977年札幌生まれ。職業は経営コンサルタント・著述家。「半年仕事・半年旅人」のライフスタイルを2006年から継続中。南アW杯出場32カ国を歴訪した世界一蹴の旅を2010年に完遂。サッカー日本代表を追いかけて世界中を旅してます。Jリーグではコンサドーレ札幌のサポーター兼個人スポンサー。詳細のプロフィールはこちら

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