一年の旅を経て、辿り着いた思想

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先日、人材系ベンチャーの経営者から、「独立を目指すコンサルタント」として、サイト内特集の記事に使うためのインタビューを受けた。

前職での経験、独立に至った経緯、将来の夢など、1時間以上、間髪入れずに怒涛の勢いで喋り倒したわけだが、最後の質問で、少々不意を衝かれた。

 

「それでは最後の質問です。今、日々の仕事の中でいろんな疑問符を抱きながらも、次の一歩を踏み出せずにいるビジネスマン達に向けて、何かアドバイス、メッセージみたいなものがあれば、いただけますか?」

 

ここまでのやり取りは、ある意味クローズドな質問が多く、過去、現在、未来の時系列に従って、自分の経験、思いのたけを口にするだけで話は進んできたわけだが、最後に突然オープンな質問を受け、思いを言葉にする前に、ふと考えた。

「ちょっと待ってくださいね。うーん、アドバイスですか。そうですね・・・」

窓の外を眺め、思考を巡らせる。

20秒くらいだっただろうか。幾ばくかの沈黙の後、僕はおもむろに口を開いた。

 

 

 

 

「やっぱり、旅に出ることですかね」

 

 

 

 

旅。。。それは僕の人生を変えた。

 

独りで旅に出ること。

それは自分の思考・志向・嗜好を探る上で、最も有意義な機会だと思う。

日本で日常生活を営んでいる限り、何かしら様々な制約が付き纏うのは自明である。

仕事のしがらみ、人間関係、社会での常識、様々な要素が複雑に絡み合い、日々の生活の中で繰り返される「判断」は、結局自分の意志とは異なる方向に向かわざるを得ない場合が多い。

 

がしかし、世界を独りで旅するとどうか。

お金や時間などの基本的制約条件は、完全に撤去できないにせよ、日常の環境に左右されることなく、人に気を使うことなく、日本の常識に捕らわれることなく、その場その場の分岐点にて、自分の道を純粋に「選択」することができる。

例えば、ある目的地に向かっている最中、とある街に宿泊のために立ち寄ったとしよう。歩きだろうが車だろうが電車だろうが、手段は何でもいい。

そこで選べる選択肢は、無限大である。

部屋に留まりながら小説を読むのもよし、ドミトリーで同じ境遇のバックパッカーと仲良くなって飲みに行くのもよし、独りが寂しくて日本の彼氏・彼女・家族に電話するのもよし、街に繰り出して観光するのもよし、終いにその街が気に入れば目的地への旅程を後ろ倒しするのもよし、何でもありである。

日常からかけ離れた環境にて、他から一切何の圧力もかからない状態にて、自分が「求めるもの」。

 

それこそが自分自身のピュアなベクトルだと思うわけで。

 

独りの時間を大切にする人、誰かと一緒にいないと寂しくて仕方ない人、疲れを厭わずにアクティブに動き回る人、選択肢を吟味して慎重に行動する人、そもそもノープランな旅がうんざりな人。

そこで感じること、考えること、思うことが、その人の人生観そのものであり、その十字路で選んだ道こそが、その人の人生そのものを映し出しているように思う。

日本とはスケールの違う絶景を見て、自己の存在の小ささを思い知ったり、日本の日常では絶対出会うことのない人々と触れ合い、全く別の思想、価値観を知ることができたり、圧倒的に有り余る自由な時間を使って、自分の人生観を熟成できたり、国外独り旅の有用性は他にもたくさん語れるが、僕が思うに、制約条件=無の環境にて選ぶ自分の選択肢を、しがらみの中で生きている自分の人生と照らし合わせ、本当の自分が求めるピュアなベクトルの方向性を悟ることこそが、独りで海外を旅することの、真の醍醐味なのではないだろうか、と考えるわけで。

やっぱり自由過ぎる生活よりも、企業に属した形でいろんな安心に囲まれながら、リーマン生活を営む方が自分の生き方に合っていると悟る人がいるかもしれないし、独りで毎日食事をして寂しさが募り、日本で待っている恋人への想いを確固たるものとし、結婚を決意して帰国する人もいるかもしれない。それはそれでいいと思う。それがその旅を通じて、辿り着いた「答え」なのだから。

 

 

 

そんなことをそのインタビューで話したように思う。

 

 

 

そして、帰途につき、夜風に吹かれながら緑道を歩いている最中、ある人の言葉を突然思い出した。

いきなり記憶から甦った、と表現するのが妥当なところか。あの、忘れもしない言葉が、不意に脳裏に現れたのである。

そう、あの言葉である。

 

 

 

 

 

人生とは旅であり、旅とは人生である。

by 中田英寿

 

 

 

 

 

鳥肌が立った。

 

 

 

 

意表を衝かれた形で聞かれた質問に対して、自分の経験を元に、自分の様々な価値観を手繰り寄せて、自分の言葉で語った内容が、崇拝する人間の格言と偶然にも完全一致したことを認識した自分は、特に何をするわけでもなく、そこで歩みを止めて、立ち止まった。

 

 

 

昨年7月、旅先のドイツにて、ヒデの引退発表を耳にした。Hide’s Mailを何度も読み返し、彼の生き様に憧れた。彼のこの言葉に少なからず影響を受けて、会社を辞めたことは否めない。

 

 

その後、南米、東南アジアと独りで旅を続けた。そして、ある決意を胸に、日本へ帰国した。自分自身の目で世界を見据え、自分自身の足で世界を旅し、自分自身の肌で世界を感じた僕が、1年の月日を経て辿り着いた思想。

 

この一致は偶然ではなく、必然なのかもしれない。

 

この言葉は、偶発的に我に決断のきっかけを与え、そして、必然的に結論としてそこにまた帰着した。

 

人生とは旅であり、旅とは人生である。

 

表面的に見れば、何とも薄っぺらい言葉に感じるかもしれないが、深く掘っていくと、ここまで味わい深い言葉はないように思える。

中田英寿本人がこの日記を見るわけはないが、僕の人生に気付きを与え、今後の人生を歩む上での原動力をくれたこの言葉と、このメッセージを世界に向けて発信してくれた彼に敬意を表したい。

 

 

ヒデ、ありがとう。

(2007/08/24)

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